【刺 針】 2008年8月8日付
最近、靴のヒモをしっかりと結ぶことができない子どもたちが増えてきているという。
いまの靴は、ワンタッチで着脱ができる面ファスナーが使われているため、靴を履くときにいちいちヒモを結ばなくともいいということなのだ。
物を束ねるとき、ヒモはとても重宝する。
ところが、若い人たちがヒモを使う様子を見ていると、束ねる物にただヒモを巻き付けているだけ。
ヒモと物の間はすき間だらけで、束ねた物を持ち上げるとすぐにばらけてしまい、ヒモを使う意味がまったくないような状態のことが多い。
靴ひもを結ぶ、という日常動作がなくなりかけようとしているのだから、「結ぶ」「束ねる」「締めつける」といったヒモの役割を理解できない人たちが、増えてきても仕方のないことかもしれない。
ヒトは進化の過程で「道具」を巧みに使うことを覚え、それによって文明を発展させてきた。
道具を使いこなすことで、ある目的を達成することができる。
ところが、いまの生活のなかでは、以前まで暮らしに必要だった道具が、次々と姿を消してきているのに、お気づきだろうか。
栓抜きや缶切り、マッチ、ナイフ、そしてヒモ等々。これらの道具を使う機会が、日常生活でかなり少なくってなってきている。何かをするたびに道具を探すことなく、「押す」とか「ひねる」の動作だけで目的が達成されてしまうのだから、便利と言えばそうである。
ただ、あまりにも道具を使わない状況が続いてしまうと、人間が本来持つ「器用さ」という技能が、退化してしまいそうな心配もある。
すでにヒトは進化の頂上に立ち、文明の発展によって便利さ次々と手に入れてきた。
道具を使う動作がなくなっていくにしたがい、ヒトはいつしか器用さを失い、その部分での退化が始まっていくようなことはないのだろうか。 (功)