【刺 針】 2008年8月13日付

 最近、食卓に野菜が登場する機会が増えてきた。

 農家や家庭菜園での野菜がそろそろ収穫を迎えてきたことから、おすそ分けで新鮮野菜をいただくことが多くなってきたためである。

 収穫したてのナスビをみじん切りにし、シソやシシトウなどを加え、しょう油ダレに付けた「自家製ナスビのふりかけ」が、個人的には大好物である。インゲン豆を湯通しして、辛子味噌であえるのもおいしい。
 野菜を使った料理がおいしいのも、その素材となる野菜が新鮮だからである。

 畑から食卓に上がるまでの時間が、短ければ短いほど鮮度が保たれ、素材そのものの持ち味を十分に味覚で感じ取れることができる。産地ならではの特権≠フようなもの。

 最近では、輸入農産物の増加や、ハウス栽培などによって、季節を問わず年間を通してさまざまな野菜や果物を手に入れることができるようになっている。

 その一方で、食に対する安全性が大きく揺らいできたり、以前からあった食の季節感、いわゆる「旬」という感覚が徐々に薄らいでくるなどの弊害も出てきている。
 野菜は、太陽の光をいっぱいに浴び、澄んだ空気を吸い込み、大地の栄養をたっぷりと吸い上げて育ったものが一番おいしいと思っている。
 幸いにも、この地域ではいろんな野菜を最もおいしいときに、そして新鮮なものをたくさん供給できるだけの体制が整っている。
 安全・安心で、「旬」を十分に味わえる環境があるのだ。

 農産物の産地として、このことをしっかりと後世に伝えていくことが大切だろう。そのことも「食育」の一つではないか。

 これから、トウモロコシやカボチャ、ジャガイモなどなど、たくさんの「旬」がひかえている。

 生産者の顔が見える安全でおいしい野菜を、味わえることは、実にうれしい限りだ。 (功)