【刺 針】 2008年10月9日付
米国のサブプライムローンに端を発して、今や世界に冠たる名門証券会社や投資銀行が破たんし、世界の株価が大きく下落する状況である。
本欄で初めてサブプライムローンに触れたのは昨年8月だった。わずか1年強で、世界経済に恐慌の危機迫らん勢いが迫ってくるとは、いったい誰が予想しただろうか。
日本のバブルによる経済崩壊では、世界に影響を与えなかったとはいわないが、自国の長い苦しみで済んでいた。
ところが米国のバブル崩壊(たぶん住宅ローンがはじけたのだから、そう言っていいのだろう)では、世界を危機に陥れかねない。あらためて米国の影響力の大きさを思い知らされた。
では今のところ私たちは生活への危機感が高まっているか、というとまだ切迫している状況ではない。
だが今回の経済苦境は、早晩、私たちの家計にも影響を及ぼし、経済活動の沈滞を招き、雇用の低下をもたらすかもしれない。
そんな今、複雑な金融工学を用いて、投資による利益をもたらそうとした経済活動のあり方が問われているが、先般、話題の「暴走する資本主義」(ロバート・B・ライシュ、東洋経済新報社)という本を手にする機会に恵まれた。
現代の経済活動は消費者・投資家にいかに利益をもたらすかを目標にし、市民という考え方が希薄になってきていると指摘する。
私たちは士別市民だが、市民という観点からは、地域経済が衰退しては困ると誰しも思う。自分や家族の生活、医療、教育などへの不安が募るからだ。
だが一方でいち消費者の側に回れば、大量に生産される安価な商品を買うために、地元外資本の企業(店舗)で買い物することも多い。
企業といえば投資家や株主の意向を優先して、利益を上げることが求められる。
この本はこの市民と消費者・投資家の関係を明らかにしたものだが、株価と投資家のための経済が、世界を混乱に陥れていることを考えれば、資本主義とて暴走の果てには、大きな深傷追うことになるのである。
この傷口がどこまで開いていくのか。その程度によっては、私たちの生活とて安閑としてはいられなくなる。(浩)