【刺 針】 2008年5月7日付
最近になってまた自民党と旧社会党の対立軸の中で政治が動いてきた「55体制」のことが話題になりつつある。
この「55年体制」とは1955年に自由民主党と日本社会党の2つの政党によって、政治的バランスが保たれることになるシステムのことをさす。
とはいっても若い世代には何の事だがさっぱりわからないかもしれない。
55年にまず左右社会党が再統一し革新政党が成立。これに対抗するようにすぐさま日本民主党と自由党の保守勢力も合同して、自由民主党を結成。
以降、幾多の選挙が行われてきたが、自民党がほぼ常勝し、政権を担当してきた。
ところが1993年7月の第40回衆院選挙で、自民党は結党以来最低の223議席となり、単独政党では過半数が獲得できなくなった。ここに40年間の長期にわたって続いてきた「自民党対社会党」という枠組の政治構造が終焉したというわけである。
この55年体制崩壊で、自民党は必ずしも政治をリードできる状態ではなくなった。そのため自民党は90年代後半以降、過半数を確保するために他党と連立することで、主導権を確保することに傾注してきたといってよい。
このことで55年年体制崩壊後も自民党中心による政治ということでは大きな変化があったとは言えない状況が続いている。
そして今もなお自民党の考え方が、この国の将来を決定する権利を有しているという意味でも55年体制は生き残っているともいえる。
ところがである。福田首相誕生後、自民党の考え方では思うようには事が運ばなくなくなってきている。つまり本当の意味で55体制のシステムが機能しなくなりつつあるのである。
この後、総選挙があってもし自民党が大きな敗北を期し、他党と連立しても過半数を確保できないようなことにでもなれば、自民党―内閣―官僚といった一体的な構造が崩れ、戦後政治体制はここに終わる。
まさにここきて55体制の崩壊が現実となるというわけである。
さてではその将来を決めることになる総選挙、いつ行われることになるのだろうか。その命運は福田内閣の今後の支持率に関わってくることだけは確かである。 (浩)