【刺 針】 2008年5月15日付
先般、この欄で自民党と旧社会党の2大政党対決による55年体制に触れた。
その体制は旧社会党の解体や自民党の合従連衡、自民党の単独政権維持不可などの要因によって崩壊してはいる。
とはいえ有権者は連立を組んでも、現在も自民党の一党支配による政治は続いているという印象が強い。
そういう意味では今なお55年体制の残滓(ざんし)を引きずっているといった主旨のことを書いた。
だがもう一歩踏み込んでみれば、現在と55年体制時とでは明らかに違っている点がある。
55年体制では保守であれ革新であれ、有権者の大方は党員ではなくても「私は○○党を支持する」といった色分けが可能だった。職種別、組合別といった組織票依存でも票数が読めた時代であったわけである。
つまり今日のように支持政党無しの無党派層が選挙の動向に決定的な影響を及ぼすことが少なかったのである。
だから政治家はかなりの確率で自分の当落を読めることもできたはずである。
今日では有権者の投票行動は、55年体制のような単純なものではない。
政争の焦点がなければ、選挙への無関心によって投票所に足を運ばない。
あるいはかつてのように政党への執着度はないから、「今回はどちらの政党に入れようかな?」と直前まで迷う有権者も多い。そういう人たちには大物議員の威光(あるとすればだが)なども、あまり関係ない。
時に選挙の雌雄を決する決定的な要因に、この種の無党派層の取り込みが、とてつもなく大きな力になりうる場合がある。
次期の選挙で、この55年体制がひょっとしたら真の意味で根本的に崩壊するのでは考える理由のひとつに、選挙のたびに迷いを見せている有権者の行動が上げられるからである。
55年体制時には、この根無し草のようなイデオロギーにとらわれない有権者の心理を、たくみに取り込む政党が選挙で勝利するなどということは想定できなかった。
現代ではそんな有権者の心理を読めない政党は、政治の世界から退出していかざるをえないはずである。
まさに空気を読めない政党(政治家)には、選挙で大敗するという試練が待ち受けているかもしれない。
次期総選挙、そんな試練にさらされる政党があるとすれば、はたしてどの政党であろうか。 (浩)