2001年4月号    ● 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 ●  top
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 壮絶!! マザーvsタヌキ

       ―その仁義なき戦い
 

 それはタヌキがわが家周辺に異常に繁殖していた頃の出来事である。
 当時はまだ新築前で古い家に住んでいたのだが、その縁の下にタヌキが住みついたのである。
 夜遅くまで大きな音を鳴らしながらテレビを見ていると、タヌキの野郎が「うるさい!! 何時だと思ってるんだ!!」と言わんばかりに縁の下からドン!と突き上げてくるのである。
 ええい、家賃も払わないくせに生意気な!! 頭にきた私はわざとダンダンダンと激しく床を踏み鳴らしてタヌキの安眠妨害をしてやったものだ。
 ところが仕返しだろうか? タヌキのヤツはしょっちゅうわが家の玄関を自力で開けて入り込み、私の靴を盗んでいくのである。
 それも毎日の仕事で履く長靴を!! このやろ〜、仕事ができんじゃないか!! と家の周囲をぐるりと見渡すと、縁の下の入り口にちょこんと置いてあるではないか。うーむ。
靴を住みかの中まで持ち込まず、出入り口に置いておくあたりはさすが日本人いや、日本タヌキだ……。
 おかげで靴を取り返すのは簡単だったが、盗まれたのはそれだけではない。
 いつぞやは外に干してあった私のパンツが縁の下の柱に引っかかっていたことがあった。
 下着泥棒までするとはタヌキもなかなか侮れない。しかも母さんのパンツではなく若くてピチピチの私のパンツを選んで盗むのだから、その商品価値を熟知したなかなかの「通」である。
 こんな利口なタヌキだから、私たちが牛舎で働いているさなかに窓や扉の脇からこちらを覗いている姿には薄気味わるいものがあった。
 その姿はまるで家政婦に扮して上流階級の生活を覗き見する市原悦子だ。
 そしてタヌキは間もなくして牛舎でも盗みを働くようになった。ターゲットは牛舎で与えていたネコのエサである。
 しかも牛乳にいたっては容器をどこかに持って行ってしまうのである。これには母も激怒した。
 母は毎日のように容器探しの旅に出かけていたのである。
 そして母は考えた。
 なんとかタヌキの盗みを阻止しようと!(そんな決意は、私の靴やパンツが盗まれた時点でしてくれ! という気もするが……)。この時から母とタヌキとの壮絶なバトルのゴングがわが家に鳴り響くのである。
 ある日、母は容器にヒモをくくりつけ、扉の取っ手にしばりつけた。だがタヌキはうまくヒモを外して持ち去ったのだ。
 父はしきりに「器用なもんだ」と感心し、母の怒りに火をつけた。
 翌日、母はこれならどうだ! と容器に穴をあけてギッチリとヒモを縛った。しかしタヌキはヒモを見事に食い破って持ち去った。
「こりゃあ、母さんよりタヌキの方が上手だな」と父は大笑いし、母の怒りは頂点に。
 そしてさらに翌日、母は容器を針金でくくり付けた。今度こそ母の勝利かと思えたが、敵もさるもの! タヌキはくくりつけていた扉の取っ手ごと壊して持ち去ったのである。まったくすごい力だ!!
 ここままでくるともう意地の張り合いである。人間樣としては絶対にタヌキなんぞには負けられない。
 そして母は最終手段に打って出た。
 今度は柱に針金の先をくくりつけたのだ。これで持ち去られては牛舎も崩れ落ちるというものである。
 翌日、容器はそこにあった。
 そう、母はタヌキに知恵で勝った!! 人間としての面目を保つことが出来たのである。 ああ、おめでとう、お母様!!
 しかし母との知恵比べ(!?)に負けたタヌキはよほど悔しかったのであろう、その容器にはこんもりとタヌキのうん○が!! 
 しかも一匹ぶんの量とは思えない程の……多分、数匹がかりで○んちをたれていったと思われる。
 タヌキもよほど悔しかったんだろう……。敵ながらあっぱれ、というべきか。
 しかし、だからといって神聖な食器にうん○をするのは反則ではないだろうか!? まさに仁義なき戦いと呼ぶにふさわしい幕切れであった……!
 ところで余談だがタヌキはためぐそをする。トイレを一箇所に決めて何回も用を足しにくるのである。
 おかげで山でタヌキのためぐそを見た人は雨で融けて一塊になったその大量の糞を熊のフンを間違えて大騒ぎ……なんてことが珍しくない。
 うちの親戚にも大騒ぎして警察に通報した人がいる。まったく人騒がせな。それはタヌキのためぐそだっちゅうの!
 みなさん、これからの山菜取りシーズン、タヌキのためぐそをみて「熊だ!!」と腰を抜かさぬようにね!(笑)