2001年1月号    ● 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 ●  top

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  恐怖心も使いよう
    ―― これが私の働く泉の源です

 働き者の代名詞のような職業「酪農家」、だが世の中には牛飼いでありながら大変な怠け者もいる。
 それが何を隠そう私である。
 しかしだ。自らを「なまけんぼう将軍」と自称して憚らない割に、私という人間はついついマジメに働いてしまう。
 特に最近の私は夜の作業の一端を、朝の時間のあるうちに予め済ましておいたりする。ここで「偉いなぁ」と思わず感心してしまった人は、ハッキリ言って騙されている。実は私は大変な怖がりなのである。
 「いい子にしてないとオバケがでるよ!!」という脅し文句は、子供以上に実は私に効果があると言っても過言ではない。
 私が朝のうちに余分に働くようになったのは、映画「世にも奇妙な物語」の『雪山』を見て以来なのである。怖がりの私はその中の一場面、雪の中から生首だけが出て「あわわ、あわわ」と何やら呻いているのがどうしても忘れられない。
 わが家の牛の寝床に敷く鋸くずの倉庫には電気がないのである。そう、暗い雪の中を歩いて何度も鋸くずを運ばなければならないのだ。その道中に生首がニョッキリ出て呻いていたらどうしよう?! と心配になるではないか!(何をバカな……)そんな有り得ない妄想に悩まされない明るいうちに、せっせと働いているというワケである。
 一生懸命働いて偉いわ〜と世間の大評判になっている(と自分で勝手に推測している)私の頑張ってる理由が、こんな馬鹿げた恐怖心からだとは、お釈迦様とて御存知あるまい。
 ある日、バーンクリーナーという機械が壊れ、修理にその機械のてっぺんに昇った時、あやうく気絶しそうになったことがあった。この機械はベルトコンベア風に牛舎内の牛の糞尿を屋外に運び出して堆肥場へ捨ててくれる非常に便利な機械だ。だがいったんそれを動かす鎖が外れると直すのに一苦労。たいていの場合は屋外の堆肥場の上に伸びた動力のてっぺんで直すことになる。その高さときたら2階の屋根の高さほどもあるだろうか? たいした高さではないが、コンクリート板に頭を打ちつけて死ぬには充分な高さだ。
 私があれこれ妄想した果てに気が遠くなるのもおわかりだろう。
 ところがその時は堆肥場にはたっぷりともう、置き場がないほどに牛の糞尿が溜まっていた。これなら落ちても頭をかち割って死ぬことはないだろう。本当なら早く片づけなければならない堆肥にホッと一安心……。
 でも、この大量の糞尿に溺れて死ぬことは考えられる。うんこに溺れて死んだらカッコ悪いだろうなぁ……。
 人間、どうせいつかは必ず死ぬなら、できるだけ美しく散りたいものだ。ウンコに溺れて死ぬのだけはなんとしても避けたい。
 こういった思いが危険な作業に常に緊張感を持ち続ける秘訣になっているのだから、恐怖心も要は使いようなのである。