岩尾内ダムの建設工事
士別而めん羊基地〈現めん羊牧場)
 めん羊は、開拓時代から農家で2、3頭を飼育して羊毛を自家加工して衣料品をつくっていました。しかし、化学繊維が普及しはじめ、飼育頭数は減りました。士別市では、めん羊増殖計画をたて、学田地区に羊舎を建設し、コリデール種4400頭を飼育しました。さらに肉用種としてオーストラリアからサフォーク種100頭を輸入しました。
 当初の目的は、肉需要の増大が見込まれる中、たくさん放牧して飼育しようというものでした。しかし、輸入肉が安く大量に市場に出回ったため、観光牧場としても利用できるようにしました。

学校の統廃合
 士別には、開拓団が条件の悪い奥地にまでたくさん入植していました。しかし、努力してもなかなか収穫量は上がらず条件の良いところへ移動したり離農するものがあとをたちませんでした。せっかく開校した小・中学校も次第に生徒が少なくなり統廃合が繰り返し行われました。

岩尾内ダム
 このダムは、天塩川の水量を調節して水害に悩む河川域の被害を無くしたり、農業用水や発電・生活・工業用水などの確保として多目的に利用しようと建設されました。