昭和28年当時の不動尊、中央にあるのは芝居小屋(写真は博物館提供)
 かつては士別の奥座敷とも呼ばれ、浄水を求めて参拝者で賑わった不動尊。今なお例大祭には道内各地から多くの人が訪れる。
士別不動尊は大正十一年に発見された清水の霊水がきっかけとなり、多くの参拝者が訪れることになる。
 「士別よもやま話」によると昭和初年の最盛期にはこの霊水が樺太、九州まで送られていたという。
 増加する信徒の数に応じるように参道の両側には不動町が形成され、第一不動館、付属別館霊泉各、風月といった旅館も建設された。
 現在では不動尊の施設を除いては往時をしのばせる不動町の面影はないが、かつての名勝を蘇らせるかのように現在は「ホテル・イン・翠月」が偉容を誇っている。
 このホテルは合宿の里士別の選手を受け入れる役割を担った施設。もちろん一般も利用できる。トロン温泉が目玉だ。
 昔は霊水を、今は合宿とトロン温泉をと、宿泊の目的は違うが、往時も現在もここが士別の奥座敷であることにかわりはない。
 周辺にはグリーンスポーツ施設、博物館、公会堂、陸上競技場、野球場など市の代表的な施設も集中している。
 訪れる人の層こそ違え、ここには集客力の勢いが脈々と伝わっているのかもしれない。
 

現在の不動町。左側には真新しいホテル。かつては旅館が並び、参拝者であふれた