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24.多角的視点での論議を  士別市での合併問題講演会から

「合併による代償は大きい」と」

 士別市主催の合併問題講演会が24日に、市民文化センターで行われた。
 和寒町や剣淵町でも、市町村合併に関した講演会は行ってきているが、士別市が開催するのは今回が初めてとなる。
 今回、講師に招いたのは北海学園大学法学部教授で、自治政策学を専門とする森啓さん。
 和寒・剣淵両町で行われた合併講演会では、講師が市町村合併に関わる国の制度内容や、国内での取組状況などを中心として話しをしていたのに対して、森さんは真っ向から現在進められようとしている市町村合併に反旗を翻し、持論を熱心に説いていたことが印象的だった。
 森さんの講演のキーワードは「地方自治」。
 「自分の地域のことを自分たちで考える・決めることが地方自治である」として、全国一律の基準では今の行政が抱える課題の解決策は得られず「自治制度も地域によってまちまちであってこそ、地方分権と言える」と話していた。
 確かにこれまでは、地方分権が社会的流れとなっていた。
 ところが国は、700兆円にもおよぶ借金を抱え、破綻寸前の財政状況にある。
 そこで、歳出費目の上位を占める地方交付税を切り捨てていくために「国が市町村合併を推し進めていこうとしている」とも。
 地方自治体にとって、地方交付税は財源確保の生命線である。
 これが大幅に削減され、今後の見通しも闇に包まれているとなれば、1を2に、2を3とする市町村合併で、交付税確保を図ろうとするのが、今の合併論議の流れではないだろうか。
 それについて森さんは「すでに交付税は削減されてきている。それを合算したところで苦しい状況に変わりはない。たかだか10年間保障してくれるだけ。それに、2〜3年で世の中が変わる状況で国を信用できるか」と言い切っていた。
 それぞれの市町村がこれまでに築きあげてきた地方自治の仕組みを、合併により失ってしまい、1つの地域となってしまうことの代償の方が大きい−が持論である。
 将来に向けたまちの展望を描いていくためには、確かな財源確保は必要となるだろうが、最近の市町村合併論議はあまりにも「財政」が前面に出過ぎてやしないだろうか。
 森さんの数々の指摘は「地方自治を視点とした合併論議も必要」と示唆しているとも受けとめられる。
 いち早く「合併しない宣言」を行った福島県矢祭村は、その根拠として「市町村は戦後半世紀を経て、地域に根ざした基礎的な地方自治として成熟し、自らの進路の決定は自己責任のもと意思決定する能力を充分に持っている。地方自治の本旨に基づき、国が押しつける市町村合併には賛意できない」としている。
 ある町の担当課長は「例え交付税が半分となったとしても、単独市町村として生き残れないわけがない。創意工夫で、確保できる財源に見合った行政展開を行っていけばいい」と話していたことがあった。
 森さんは「避けて通れないのは合併ではなく、それぞれの自治体の行財政改革だ。地域で暮らす人たちが公共性の意識を持ちまちづくりを考えていけば、今のこの時期は地方自治確立の大きなチャンスとなる」としていた。
 財政だけの視点で市町村合併を論議していくのは、片手落ちだろう。
 地方自治体としての自主性を発揮していくためには、常にいくつもの視点を持ちながら、まちの将来像について多くの市民が論議に参加していくことが重要となるはずだ。
 そうした意味でも1市3町は情報提供の一環として、地域に人たちに様々な意見を持った専門家の話を聞く機会を、さらに増やしてもいいのではないだろうか。 


メモ

  最近は、国が推し進めようとする市町村合併に対抗する自治体も増えてきている。
 矢祭村もそうであるが、秋田県山内村で昨年8月に行われた村長選では「合併反対」を掲げた藤原清氏が村長に当選している。
 藤原村長は「今のまま合併が進むと、この村は過疎化に拍車がかかる。中央集権がさらに進み、画一的な行政がはびこってしまう」と、村として培ってきた地方自治の崩壊を指摘している。
 全国町村会が昨年5月に出した「市町村合併のあり方に関する意見」では、「地方行政を住民の意思によらしめ、住民またはその代表者の手によって自主的に処理させることが住民自治であり、その意思形成には充分な検討期間が必要となる。市町村合併を考えるときこの原則を忘れてはならず、決して合併を急いではならない」としている。