倶利伽羅紋紋(くりからもんもん)水バシャバシャ攻撃        エッセイ―01



 あれは今から28年も前のこと。当時、私は東京は府中に住んでいた。深夜は郵便局での区分けアルバイトに忙しく、昼夜が完全に逆転。
 銭湯に行く時間はどうしても営業開始早々の午後4時頃。この時間帯に行くと、銭湯はがらがら。湯気もまだ立ち上がっておらず、銭湯の中は澄んだ空気でいっぱい。見渡す限り、視界良好、さわやか〜。

 そんなある日、湯船には一人のお客さんがおり、私と向かい合った。眼光鋭くこちらをじろじろ見る。私は別に気にせず、湯船から上がり洗い場に行った。
 体を洗い終えて、次は洗髪である。おもいっきりシャワーを全開! グショグショ音を立てながら洗っていると、横の方から水がバシャ、バシャとかかってくる。
 最初のちょっとの間、シャワーのお湯がずれたかな、と思ったのだが、このバシャ、バシャが波状攻撃のように続いてくる。
 わたしゃ、「こりゃおかしいなあ?」とシャワーを止め、髪のお湯を切って横を見ると――。
 ひえー、左手から背中にかけて 入れ墨じゃん! が見える。
 このだだぴろっい銭湯の中で、無数に空いている洗い場の中で、倶利迦羅紋紋のこのオジサン、わざわざ私の隣に音も立てずにお越しになって、か弱い20歳の青少年に向かって、シャワーのお湯を「おらよ、おらよ」みたいな感じでかけていたのである。

 いきなり目に飛び込んできた色とりどりのあざやかな倶利迦羅紋紋(デザインは忘れた)に、わたしゃ肝をつぶしたのである。あたりを見回してもお客様は私とこのオジサンの二人だけ。助けて! と叫んだところで、かけつけてくれる人はなし。まあ居たとしてもこの倶利迦羅紋紋にはびびるよなあ。
 ましてや一糸まとわぬ裸だもんね。これほどの無防備な孤立無援状態はない。

 オジサン曰く
 「おい、お前はなんでそんなに髪が長いのだ」
 そう、この時、私の髪は肩から下に5センチは下がっていた。長髪だったのである。
 怖わーい、こわーい、コワ〜イ! 殺されるー! と思ったので、思わず
 「すみません、床屋に行くお金がないものですから」と謝った。
 そして次なるオジサンの台詞(この時、まだチョロチョロ、シャワーをこちらにかけていた)
 ちょっとにらみかげんで「今度来る時、髪切ってこいよ!」
 私、すかさず
 「明日、切ってきまーす」
 私はこの時、卑屈なまでに素直に謝り、すぐに言うこときく青少年であった。

 とまあ、この場は何事もなく乗り切ったが、次から銭湯はバイト中でも夕方に行くことにしたのである。とまあ、70年代の銭湯には、こんな世にも怖ーい体験ができたのでる。