誰の自転車?        エッセイ―02


 ぼくの髪が肩まで伸びて、らららんらんのチリンチリン。お風呂あがりの自転車、気分爽快……と、そこに脇からすうっとパトカーが接近。「あぶねえな、事故ったらどうすんだよ」と口の中で毒づいていると、いきなり目の前で停車して赤いランプがピッカピカ、回り始めました。
 車から2人のおまわりさんがおりてきて、「あーあ、そこのきみきみ。止まりなさい。無灯火はいかんよ、無灯火は!」

 20歳のあの頃、私は東京の府中と調布の境目あたりにある銭湯に、自転車で通っていました。
 「すみません。壊れているもので」
 私はすぐに謝りました。何せこの自転車、ここだけの話、私のではありませんでした。
 次なる質問はいきなり、
 「これ、きみのか」
 さすが、おまわりさん。勘が鋭い!
 私、ためらわずに
 「いえ、友だちのです」
 「友だち、どこに住んでるの?」
 「中野」
 若いおまわりさんは私と自転車をうさんげになめるように見回してから、「しっかし、こんなボロ自転車、盗んだってしょうがないよなあ」
 こらあ、決めつけるな。誰が盗んだっていうんだい。ちょっと無断でお借りしているだけだい。
 あ、ばれた。

 実はこれ、アパート付近の野っぱらにずっと放置してあった自転車です。
 ほんと、錆だらけ、今にも壊れそうなボロボロ車体でした。当然、ライトなんかつきません。
 とはいえ気が小さい私は、ひょっとするとお縄ちょうだいなのかな、とはらはらドキドキ。調書のようなものをとられるのだろうか。指紋捺印なんか、すんのかなあ、と自転車握る手に脂汗。
 と、年輩のおまわりさんが
 「あんた、職業は?」
 「学生でーす」
 「生まれは?」

 待ってました。この時ばかりと私は聞かれてもいないのに「旭川から北に50キロ、ほとんど日本の最北です。日本の崖っぷちっていう感じです」
 同情を乞うように、田舎は冬は寒く、東京からとてつもなく遠いことを懸命に説明したのであった。
 なんせ、今から28年前といえば旭川空港はまだYS―11のプロペラ飛行機時代だったのである。左遷といえ北海道、北海道といえば島流し!
 年輩おまわりさん、さすがに話がわかる。
 「そうかい、北海道。たいへんだね」
 「そりゃ、もう。おふくろなんか、こんなところに決して帰ってきちゃだめだよ、と念を押して送り出してくれました」
 「まあ、自転車がこんなんじゃ、しょうがないしなあ」
 若いおまわりさんは冷淡につきなはすと、さっさとパトカーに乗り込みました。
 年輩のおまわりさんは「気をつけて帰んなよ」と言って、無罪放免にしてくれました。

 ただこれだけの話ですが、風呂上がりの帰路、今にもパンクしそうな無灯火自転車と暗い青春でした……。