あの頃、女じゃない、ってばもう        エッセイ―06


 今から30年前、まだ大学生になる前の浪人時代の話です。
 あの頃、床屋に行くのがおっくうで、ついつい髪が長くなりがちでした。胸元までとはいきませんが、肩のあたりで外側にカールする程度にまでは伸びていたいたかな、と思います。
 友人からは「おい、お前、後ろ姿は女性だな」とよく言われたものでした。
 予備校通いの浪人生、なんて言っちゃって、実は親不孝者で、朝、予備校に行くと、午前中の授業も早々と切り上げ、予備校の食堂に赴くと、必ずカレーライスを朝食、昼食がわりに食べると、タバコをすぱー、と吸っては、とんずらの毎日。
 で、どこに行くかというと、昼過ぎからオープンする薄野のジャズ喫茶に入り浸っていたのです。
 告白します、すんません、今は亡きお父さん、お母さん。あの頃、勉強もしないで、仕送りをカレーライスとジャズ喫茶のコーヒー代に使ってしまいました。
 で、とある日中、例のごとく早々と予備校を退散し、札幌駅の映画館(当時は確か、駅の北口に映画館があったはず)で退屈しのぎに寅さんシリーズを見に行きました。
 なにせ平日の真っ昼間、映画館がガランとしていて客はまばら。まあ、映画を見ながら一眠りでもして、今夜の徹夜の勉強にそなえるか(←嘘です)なんて。
 さてやや後方の席に座った私、映画が始まって間もなく、暗がりの中をかき分けるようにメガネをかけた中年のおっさんが隣の席に座ったのであります。
 この野郎、こんなに空いてんのに、なんでわざわざ隣の席に座るんだよ、とその時はちょこっとむかついたのですが、まあ、それはいい。
 このおっさん、やおらコートを脱いだか思うと、どうしたか。
 そう、もうおわかりでしょうが。
 コートを自分の脚と私の脚の上にかぶせたかと思うとですね、コートの下から手をはわせて、私の脚を撫でるじゃありませんか。
 そう、このおっさん、痴漢してる。どうやらこの髪の長い私を女性と勘違いしているようです。
 うぷ、気持悪。
 なんだよ、このおっさん、とまずは睨んでから、脚を遠ざけた……のに、のに、この不気味おっさん(メガネなんかかけていたなあ)、しつこく私の脚を追いかけながら手をはわしてくるじゃありませんか。
 さすがに私や、腹が立って映画どころじゃなくなった。  やにわに私、わざと声を低め、「映画に集中できんぞ、このバカ」とつぶやいて、席を立つとわあーと一目散に逃げ出した。……ハアハア、ゼイゼイ。
 えっ、なんで逃げ出すの? って。
 まだ20歳前の私、大都会に出てきて間もない気弱な青少年ゆえ、こういうおっさん、とっても恐く思えたからです。
 以来、この事件はトラウマになってしまって、いまだに隣にコートを着た中年のおっちゃんが座ると、あの悪夢がよみがえる。
 髪が長いからって、女じゃないってば、もう! の、なんかわびしい青春の一コマでした。