青春の風疹        エッセイ―07


 20歳の秋だった。ある日、私はいいようのない怠さに襲われていた。体が火照り、微熱らしきものもあるように思える。のにのに、そんなこと気にもならないのが若ささ。
 「ああ、今日はだるいなあ。んでも風呂に行く日だ」と、銭湯に行っただあ。
 さて湯船から上がって、鏡を見ながら、体を拭こうとしたら、曇りガラスの向こうにへんな顔。ついでに首下の胸のあたりもなんだか変。気がつかなかったぞ。
 赤い小さな斑点がぽつりぽつりと見えるぞえ。ありゃありゃ、これは何だい、怪しい病気かい、なんて一瞬脳裏をかすめたが、悪さをした覚えはないぞ。なんだい、こりゃと鏡の向こうのおのれの純白可憐な青春肌を実地見聞。

 実はとっても不安になってきて、あたりをうかがったのだ。
 こんな体を他人様に見られては、ああ、恥ずかし〜い。幸い、周囲にはまだ人影まばら。
 私は浴室から脱衣場へと急ぎ、あわてて服を着て、銭湯を飛び出した。
 アパートに帰り、さっそく友人に赤い斑点少年の話をすると、友は「病院に行け」。私「オレは病院が嫌いだ」「いいから病院に行け」「なんか不安だなあ。ちょっと来ないか」「あ、おれ、忙しい、今、だめ。病院に行け」
 ともかく病院に行かせようとする。その声は、何かを疑っている声だ。オレは無実だあ、何もしていなーい! と心の中で叫んでも、「病院に行け」  わかったよ、明日行くさ。
 で、その辺の町医者の小さな医院に。
 お医者さん「これは風疹ですなあ」
 私「え、ふうしん? 風疹って、子どもがかかる病気のですかあ?」
 お医者さん「症状が軽いとこ見ると、子どもの時に一度かかっているかもね。外出を控え、家で安静にしていなさい」
 私「ははあ」とひれ伏して、悪い病気じゃなかったんだ、意気揚々。風疹だってさ、おいらはまだまだ若いなあ、少年だぜ、誰もが一度は少年時に洗礼を受ける風疹。あはは、今頃、風疹だあ、はたちの風疹だあ、人生の勲章だあ。
 ……む、むなしい独り言……。
 で、アパートに帰ってきて、友に経過を報告。
 「風疹? そうかあ、あばよ」
 電話はプツンと切れた。以来、1週間、それまで毎日のように麻雀やりにきていた友どもは、蜘蛛の子散らすようにどこかに行ってしまって音信不通。わが部屋を訪れようともせず、連絡もよこさず。
 そう、友は風疹が恐かったのである。
 布団にくるまれ、ひたすら赤い斑点が消えるのを待ちこがれていた、私のこの東京での孤独と渇望を知っていたのは、ご近所の野良猫さんだけだった。
 てなわけで、20歳(はたち)の風疹は鏡に映った赤い斑点だらけの体とともに、鮮烈な青春の思い出の1ページとして、いつまでもいつまでも心の底に残っているんだとさ。