深夜のパン工場にて        エッセイ―08


 そう、やはりかれこれ30年近く前の話、私はめぼしいバイトもないため、みんなが忌み嫌うという深夜のパン工場アルバイトに出向くことにしました。
 友人は「ありゃ、きつくてもたんよな」と言ってましたが、単純労働の割には時給はまあまあなわけです。だから、やってみようかな、なんて思うわけですよ。
 が、髪が長い。「おまえ、そんな髪形して、不衛生だからすぐ蹴られるぞ」とか脅かされながら、面接。
 「うーん、髪、ちと長い。ほんとはダメなんだけど、きみ、例外!」とか言われて、めでたく採用!
 というより、こんな仕事、超不人気バイトゆえ、髪の長さなんか、関係ないね。帽子さえかぶりゃ許されるってもんだ。 さていよいよバイト開始。週2日だったかなあ。夜の10時頃に工場に入り、朝の7時頃に終わるという仕事。日給制なので、その日に時給分をもらって帰ります。
 さてさて、深夜のお仕事はきつい。週2回とはいえ、3週目の6回目(契約最後の日)、さすがに朝方は眠い、眠い。うふぁ〜、と欠伸の連発。 と、茫洋としていた意識の中で、禁じられていた「あんぱん鷲(わし)づかみ」をしてしまったのである。
 あんパンがベルトコンベヤーから流れて、円形の台座にたまってぐるぐる回っている。
 そのあんパンを傷つけないように5個?(だったかなあ、記憶希薄)を箱の中に並べていれていく単純作業なのである。←あの頃、まだこの辺の作業は人界戦力だったのね。
 あんパンはけっして指で傷つけぬよう、やさしく包むようにつかんで箱に入れるように、というきっついお達しが出ていたが、うつらうつら、お達しはいつのまにかどこにやら。
 寝不足、おまけに疲れはたまるわで、意識はもうろう……でね、やりました。
 世紀の鷲づかみ、むんずとパンをつかんで、はいできあがり。パンには見事に2、3センチ食い込んだ数本の指の跡がくっきり。
 ついでといっちゃなんだが、床に落としたパンも箱詰めしてしまいました。
 こんなの、食べさせられちゃたまんないよね。 で、その日の朝、「きみ、バイト、もう少し続けないかね」とお誘い。
 お断りしました。
 なにせ、あの鷲づかみ、癖になりそう。世間の皆様にご迷惑をおかけしますので、このバイト、もう終わり!
 ほろ苦い青春にパン屋の工場の甘い匂いが漂っていました。