おはよう、アメリカ国歌で        エッセイ―11


 28年前、私がまだ20歳の頃。東京都府中市はのんびりしていました。
 アパートの名前は「南牧荘」。どうです、牧歌的でしょう。実際、まわりにはまだ畑がたくさんあり、アパートもぽつねんと存在していました。
 さて私のアパートは調布との境目、アメリカ軍の基地(現在は返還され、総合運動場・スポーツセンターになっているようです)が隣接していました。
 毎朝、決まった時間にアメリカ国歌が流れます。人心を鼓舞するような元気のあるその音に起こされ、私の一日が始まるのでした。
 時々、基地の中に興味がわいて、アパートから府中駅に行くまでの道のりを遠回りしました。その途中、基地にそって歩いていくと、基地の中をうかがうことができるわけです。
 基地のまわりは高い鉄網柵で囲まれています。時折、アメリカ兵がジョギングをしている姿を見かけました。基地といえば、いかつい軍施設とあわただしさを連想しがちですが、基地の中はゴミ一つない道路、手入れの行き届いた芝生、美しい住宅群が並んでいました。
 その脇を通るたびに、網で仕切られた向こう側の世界には、狭くて息苦しく、湿ったアジアは存在していないように思えました。
 ベトナム戦争がまもなく終結を迎えようとしていた時代です。アメリカは反戦運動や厭戦論の高まりを見せる国際世論とともに、軍事的にも劣勢でしたが、そこにはそんな騒然とした世の中が無縁に思えるぐらい、人気のない、優雅な静寂感が漂っていました。
 なぜか、たまらなくやるせなかったです。