![]() 第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。 50年前の道北日報紙面から |
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■昭和28(1953)年 7月・8月 病院全焼、未曾有の洪水
●7月23日付=士別町立病院が全焼。 ●7月28日付=町立病院(市立士別総合病院の前進)の建設敷地が早くも決定した。現在の旧ふれあいセンターの場所である。 7月19日から22日にこの地方を襲った豪雨で、各地で大きな被害が発生した。住宅への浸水や農地への冠水など。士別町の損害額は約4億円。上士別町は全滅と報じられている。剣淵町は開村以来の被害。各自治体が対策に追われた。この頃、広域的には宗谷線南部町村助役会議が行われ、期末手当や石炭手当などの話し合いを行っている。この頃から積極的に広域的な関わりは行われている。 ●8月11日付=水害地に赤痢が発生し、保健所が防疫と消毒に追われる。 |
■ 01 病院全焼、未曾有の洪水 |