![]() 第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。 50年前の道北日報紙面から |
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■昭和29(1954)年 1・2月 4町村合併の記事散見
●1月20日付=旧士別南小学校の正門前が雪捨て場になっており、猛省を促している。 ▼1月28日付=天塩川水系総合開発の関係で調査費がつく。この頃の士別町の新入学児童は約600人。山形や秋田など本州方面からの農業就労者確保が重要な課題になっている。この頃は本州から北海道への農村出稼ぎが行われていた。●1月31日付=士別、上士別、多寄、温根別の4町村合併の記事が散見し始める。 ●2月6日付=士別―旭川間の市外電話線回線が増設され、呼び出し時間が早くなった。それでも20分から30分かかった。 【広告余話】今なお世界的な影響を与えている小津安二郎監督の「東京物語」が士別映劇で上映されている。 |
■ 01 病院全焼、未曾有の洪水 |