第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。



                   50年前の道北日報紙面から

   ■昭和29(1954)年  5・6月

  犬が集団で市街地をかっ歩

 5月12日=4ヵ町村合併の話が進展していく中で、上士別村では愛村同志会という組織が村長、助役、議長リコール(解職請求)の動きを見せたことが報じられている。この頃の交通事故死は1年に3件から4件、早くも現在と変わらない。
 5月21日=この地方でも凶作による供出米が底をつき始める。商業組合士別リンクストーアという組織があり、その定期総会が行われた。
 5月31日=運転免許合格者の名前が掲載されている。試験は旭川市内で行われ、2人が合格している。自動車免許はまだ特別な資格だった。
 6月16日=「おらがくに自慢」という連載が始まる。トップバッターは津軽弁の青森県出身者、2回目は宮城県出身者。この時代はまだ本州生まれの人が多数を占めていたため、このような企画が通用した。方言がそのまま文章になっており、今読んでも面白い。機会があれば、ぜひ紹介したい企画だ。
 6月20日=7月から士別市となるその総人口は2万2500人。現在とほぼ同数。
 6月24日=犬5〜6頭が集団化し、東山と線路西で山羊、めん羊が襲われるという事件が多発。保健所では対策に苦慮し、注意を呼びかけるという記事。この時代には市街地で犬が集団化して歩き回るということがあった。しかもすべて飼い犬。この頃、犬の放し飼いも多かったのではと思う。  

広告余話
「電話が開通した」という広告が載っている。他にも次々と電話増設の広告が載り始める。まさに通信時代の創始期。羊毛の現物交換・委託加工の広告も。

■ 01 病院全焼、未曾有の洪水
■ 02 自治体広域の釣り大会も
■ 03 ヤミ米買い漁るカツギ屋
■ 04 嫁入り費用は10万円
■ 05 4町村合併の記事散見
■ 06 合併か自立か、切迫か
■ 07 犬が集団で市街地闊歩
■ 08 1日に1人増える時代
■ 09 浅野さんが全国大会に
■ 10 悲嘆にくれる市民
■ 11 根強い公務員志向
■ 12 市議会議員定数81人
■ 13 新築市立病院が火事に
■ 14 ミス職場
■ 15 ミス女給
■ 16 制限速度30キロ
■ 17 赤ちゃん1日平均2.3人 
■ 18 無鑑札の自転車には過料
■ 19 ふたつのマーケット開店
■ 20 「だ」「べ」は使わぬように
■ 21 今度のミスコンは「ミスさくら」
■ 22 金属泥棒が横行
■ 23 テレビの広告が出現
■ 24 五目並べの国際大会?
■ 25 不良石炭混入の石炭販売