第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。



                   50年前の道北日報紙面から

   ■昭和30(1955)年  1月

  新築市立病院が火事に:レールバスの試乗も
 
 ▼1月1日付=新年号に「お姐さん新春放談」の企画がある。市内の割烹で働く女性が花柳界を代表して井戸端会議を開き、士別のお客さんの品定めのようなものをしているのである。それによると士別のお客さんは紳士的なのだそうだが、「ぐでんぐでんに酔っぱらって体にさわったりする人がいますが、いやですね」「平均的に若い人より中年の人の方が質が悪い」「酒を飲むと裸踊りをする人がいますが、感心しませんね」とけっこう手厳しい。
 ▼1月11日付=「第1回士別市農業振興青年研究発表大会」というものが行われ、賞は青リボン賞とか赤リボン賞である。この色にどういう意味があるのだろうか。 
 士別の刀工、大束秀次さん(当時60歳)が日本最高の技術発表会に道内で唯一入選している。
 ▼1月17日付=成人式が盛大に行われた。当時の成人の数、約730人。
 ▼1月20日付=創刊6周年記念に「ミス職場」という事業が行われた。これは新聞に投票用紙を印刷し、これに名前を書き込み投票するというものである、
 ▼1月25日付=全道で初試みというレールバスの試乗が旭川―名寄間で行われた。76`に2時間30分かかった。試乗体験では乗り心地は今ひとつの感。
 ▼1月30日付=市立病院が焼失し、号外が出された。施設は当時としては鉄筋コンクリートの近代建築だったが、木造部分は全焼している。(写真=市立病院の火事を伝える号外)

広告余話】 

 食堂のメニューに「花開丼」というのがあった。どのような料理なのだろうかと思っていたら、次の時には「開花丼」となっていた。開花丼というのは豚バラ肉と卵を使った丼のことのようである。
 当時の質屋さんの広告に「自転車金融」というのがあった。これもよくわからない。
 「雪手袋」というのが登場。「従来の軍手にゴムびきした」とある。濡れないのが売りらしい。
 「流動式スライドとテープレコーダーによる広告放送」というのがあった。レトロで面白そうな広告通知媒体だが、はたしてどのようなものだったのか。

■ 01 病院全焼、未曾有の洪水
■ 02 自治体広域の釣り大会も
■ 03 ヤミ米買い漁るカツギ屋
■ 04 嫁入り費用は10万円
■ 05 4町村合併の記事散見
■ 06 合併か自立か、切迫か
■ 07 犬が集団で市街地闊歩
■ 08 1日に1人増える時代
■ 09 浅野さんが全国大会に
■ 10 悲嘆にくれる市民
■ 11 根強い公務員志向
■ 12 市議会議員定数81人
■ 13 新築市立病院が火事に
■ 14 ミス職場
■ 15 ミス女給
■ 16 制限速度30キロ
■ 17 赤ちゃん1日平均2.3人 
■ 18 無鑑札の自転車には過料
■ 19 ふたつのマーケット開店
■ 20 「だ」「べ」は使わぬように
■ 21 今度のミスコンは「ミスさくら」
■ 22 金属泥棒が横行
■ 23 テレビの広告が出現
■ 24 五目並べの国際大会?
■ 25 不良石炭混入の石炭販売