![]() 第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。 50年前の道北日報紙面から |
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■昭和30(1955)年 4・5・6月 今度は女給コンテンスと ▼4月23日付=お多福風邪がはやり、上士別中学校では380人が罹患した。▼5月3日付=ミスばやりの時代なのか、ミス職場の後は「ミス女給コンテスト」なるものが始まった。「女給」という言葉は今では使われることはないが、この時代はごく普通に使われていた。 ▼5月7日付=「白鳥みづえ」という人気スターが士別を訪れた。調べてみると女優で歌手である。今でも現役で活躍している。最近では「母の祈り」といういじめ防止キャンペーンソングも歌った。「春は家出シーズン」との見出しで、4月に入って3件発生したとの記事が載っている。新聞には個々に家出のケースが詳しく報じられている。 ▼5月14日付=ミス女給コンテストの結果が出ている。 ▼6月6日付=運動会シーズンを迎えて、場所取りが過熱し、深夜の2時、3時に毛布持参でグランドにくる父母たちの様子が紹介されている。市内にクズ鉄ブーム。1日に千円を稼ぐ人も。 【広告余話】 電話の開設が相次ぐ。3ケタ500番台である。 九十九山の桜まつりと合わせて小料理屋だろうか、「豪華絢らんなるチエリーサービスを一度お試しください」とあった。チエリーサービスとは、どのようなサービスなのだろうか。チエリーショーというのもあった。「花見には是非珍味のオーメンを」というのがあったが、オーメンとは何だろう。 |
■ 01 病院全焼、未曾有の洪水 |