第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。



                   50年前の道北日報紙面から


   ■昭和30(1955)年、 昭和31(1956)年
       12月・1月・3月・4月

  「だ」「べ」は使わないように
 
 ▼12月13日付=国保税の納入状況が載っている。士別市は今でこそ100%に近いが、この頃は63%である。
 ▼2月4日付=「禁句」というコラムがあって、士別市教育委員会事務局に2月1日から語尾に男性職員が「べ」、女性職員が「ダ」を使うと、罰として10円を入れるというタブー(禁句)箱の設置が報じられている。これは北海道方言を直そうという意図なのか。方言を大切にしていこうという今の時代、このようなことをすると批判を買うだけだが、当時は少しでも地方色を薄めていこうとしていたのかもしれない。
 ▼3月14日鶏泥棒の初公判が士別簡易裁判所で行われることが決まっている。この泥棒、1年をかけこの地方で約240羽を盗んだ。
 ▼4月7日付道北1の進学率という見出しで、士別高校の大学進学先が名前入りで掲載されている。この年、東大、京大、東北大、東京都立大に各1人ずつ、北大に9人、北海道教育大に20数人、その他、国立、私立などに多数合格している。
(写真=写真掲載が珍しい当時、写真入りでの広告なので、このコールド・ウェイブという髪型、相当な人気があったかも)


広告余話】 

 冷蔵庫ならぬ冷蔵器の広告が登場した。
 たずね犬の広告で、犬種は「カラフト犬」。この地方ではもはやカラフト犬を見ることはない。 
 「ヘアーモード」の広告が出始めた。女性も日常的に髪を飾る時代に入ってきている。
 市内は保険外交ブームの到来で、外務員募集の公告がひんぱんに載るようになった。

■ 01 病院全焼、未曾有の洪水
■ 02 自治体広域の釣り大会も
■ 03 ヤミ米買い漁るカツギ屋
■ 04 嫁入り費用は10万円
■ 05 4町村合併の記事散見
■ 06 合併か自立か、切迫か
■ 07 犬が集団で市街地闊歩
■ 08 1日に1人増える時代
■ 09 浅野さんが全国大会に
■ 10 悲嘆にくれる市民
■ 11 根強い公務員志向
■ 12 市議会議員定数81人
■ 13 新築市立病院が火事に
■ 14 ミス職場
■ 15 ミス女給
■ 16 制限速度30キロ
■ 17 赤ちゃん1日平均2.3人 
■ 18 無鑑札の自転車には過料
■ 19 ふたつのマーケット開店
■ 20 「だ」「べ」は使わぬように
■ 21 今度のミスコンは「ミスさくら」
■ 22 金属泥棒が横行
■ 23 テレビの広告が出現
■ 24 五目並べの国際大会?
■ 25 不良石炭混入の石炭販売