第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。



                   50年前の道北日報紙面から


   ■昭和31(1955)年  4・5月

  今度のミスコンは「ミスさくら」:市街地ホコリで視界きかず
 
 ▼4月15日付=相変わらずミスコンは続く。今回は市制3周年記念の「ミスさくら」の選出。「満開のサクラとともにその絢爛を競おう」となっている。この時代、ミスとはいったい何だったのか。
 ▼5月18日=花見の季節を前に、士別市がホコリまみれになっているという記事。商店街で何かを買おうと思っても、陳列棚にはホコリが白くざらざらと堆積しているとか。ほとんど舗装がされていない状態なので、風が吹くと街中をホコリが白くおおい、市街地も砂漠のように視界がきかないと書いてある。
 ▼5月26日付=昭和31年度の士別の所得ベストテンというのが載っている。トップは農業者が52万円、営業では呉服店で144万円、給与者は拓銀支店長で121万円、以下日甜職員、市立病院医師などが続く。その他ではふたつ以上の所得者ということでトップは409万円。ここでの上位者もほとんどは日甜関係者である。
(写真=マーケットが開店し賑やかな商戦の時代に)

広告余話】 
「最近、内地からと称しナイロン張りの悪い品を400円から600円で売っているので用心ください」という広告があった。まだ本州のことを「内地」というのが一般的。ナイロンは出始めだったのだろうか。
 スタンド・キャバレー開店の広告が載っている。どのようなキャバレーだったのか。
 「お嬢ちゃんに!」の大文字で「この券を切り抜いて持参のお嬢ちゃんに着せ替えを先着25名に差し上げます」という広告があった。人形の種類が書いてないのに、この呼びかけでわかるところをみると、当時流行った人形があったのだろうか。 

■ 01 病院全焼、未曾有の洪水
■ 02 自治体広域の釣り大会も
■ 03 ヤミ米買い漁るカツギ屋
■ 04 嫁入り費用は10万円
■ 05 4町村合併の記事散見
■ 06 合併か自立か、切迫か
■ 07 犬が集団で市街地闊歩
■ 08 1日に1人増える時代
■ 09 浅野さんが全国大会に
■ 10 悲嘆にくれる市民
■ 11 根強い公務員志向
■ 12 市議会議員定数81人
■ 13 新築市立病院が火事に
■ 14 ミス職場
■ 15 ミス女給
■ 16 制限速度30キロ
■ 17 赤ちゃん1日平均2.3人 
■ 18 無鑑札の自転車には過料
■ 19 ふたつのマーケット開店
■ 20 「だ」「べ」は使わぬように
■ 21 今度のミスコンは「ミスさくら」
■ 22 金属泥棒が横行
■ 23 テレビの広告が出現
■ 24 五目並べの国際大会?
■ 25 不良石炭混入の石炭販売