第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。



                   50年前の道北日報紙面から


   ■昭和31(1955)年  9月・10月

  テレビの広告が出現
 
 ▼9月7日付=「大胆な若者の性のモラルを描いた問題作」と話題になった石原慎太郎の「太陽の季節」が士別でも上映され、映画館が高校生で満杯になったり、高校演劇でも抱擁やキスが行われていると父母から批判が出た。
 ▼9月14日付=道北一の温泉境としてホテル翠月の施設が完成した。和洋折衷の客室、卓上電話付き、総ベランダ付きなど当時としてはこの地方ではかなりモダンな内容となっている。
 ▼10月8日付犬引きリヤカーがジープと衝突し、犬はひかれて即死、リヤカーに乗っていた人も骨折したという事故が発生した。この頃、リヤカーはまだ重要は搬送手段だったので、こういった事故も起こった。
 ▼10月16日付=凶作の影響で欠食児童が増加し、すでに1000名を突破と報じられている。この数は士別の小中学生の約2割に達する。欠食児童というのは、弁当を持参してこない子どものことをさす。完全給食の実施の声も出始める。
 ▼10月30日付=市内にローラースケート場がオープンしている。名称は「末広ローラースケート場」。 


広告余話】 
 この頃はまだ毛糸と編物や綿の打ち直しの広告が多く、化繊の勢いはこれからといったところ。
 味自慢の「名大のれん街」の広告で載っている当時の店は、焼き鳥の白樺、寿司のびっくりや、ラーメンの五十番、そばの一力、豚かつの勝よし、カレーライスの百番、おでんのきた一。
 「なべやき始めました」という広告で、なべやきの定価は60円、現在の10分の1以下。
 テレビの広告が出始めた。広告の文面をみると、どのようにしたら良く見えるのかが切実のようだった。価格は73000円から。今でいえば70万円ぐらいか。 

■ 01 病院全焼、未曾有の洪水
■ 02 自治体広域の釣り大会も
■ 03 ヤミ米買い漁るカツギ屋
■ 04 嫁入り費用は10万円
■ 05 4町村合併の記事散見
■ 06 合併か自立か、切迫か
■ 07 犬が集団で市街地闊歩
■ 08 1日に1人増える時代
■ 09 浅野さんが全国大会に
■ 10 悲嘆にくれる市民
■ 11 根強い公務員志向
■ 12 市議会議員定数81人
■ 13 新築市立病院が火事に
■ 14 ミス職場
■ 15 ミス女給
■ 16 制限速度30キロ
■ 17 赤ちゃん1日平均2.3人 
■ 18 無鑑札の自転車には過料
■ 19 ふたつのマーケット開店
■ 20 「だ」「べ」は使わぬように
■ 21 今度のミスコンは「ミスさくら」
■ 22 金属泥棒が横行
■ 23 テレビの広告が出現
■ 24 五目並べの国際大会?
■ 25 不良石炭混入の石炭販売