第2次世界大戦の傷跡がようやっと癒えはじめた昭和20年代末、昭和30年代から半生期が経過しました。この間、道北地方も大きく変遷を遂げました。自治体合併論議や農協合併の具元など地域の枠組みも新しい時代の到来を予感させています。そこで本紙では50年前の道北日報紙面をひもとき、この地方の動きを見つめ直してみたいと思います。なお、この連載は随時掲載します。



                   50年前の道北日報紙面から


   ■昭和32(1957)年  2月・3月・6月・7月

  士別で五目並べの国際大会?
 
 ▼2月26日付国際連珠(5並べ)大会というのが士別市で行われた。国際と名はついているものの、実際には士別市の有志たちの大会のようである。上位5人はいずれも市の職員だった。
 ▼3月10日付「電線ドロひんぱん」という記事があり、休業中の工場に入っては電線を200b程度盗んでいくというもの。高額で売れたらしい。
 ▼6月4日付=下川町出身で、士別市ともゆかりの深い相撲の新小結の安念山が13勝2敗で優勝している。
 ▼7月3日付野犬が羊を20頭、喰い殺すという被害が発生。 
」。 

広告余話】 
 本社主催で「ミス和寒」の投票が始まる。広告には「名産の除虫菊の可憐さにも似た健康で眉目麗しいお嬢さん」とある。この頃万円はまだまだ「ミス○○」が盛んである。
 電話のある店舗からテレビのある店舗へと。テレビによる大相撲放映に合わせて旅館や食堂が「わが店でもテレビ受像中」の広告が載り始めた。一般家庭への普及はこれからというところで、まずはテレビが集客営業用で使われた時代。
 士別ブロック理容業の展望という広告をみると、当時、士別市内には理容院が22店舗あった。これに上士別、多寄、温根別を合わせると実に30店舗を数えている。
 スタンドバーが花盛り。その名もパリジャン、グロリー、シスター、花園、コンドル、ラッキー、ハレム、セシボン、萬福、太陽、クリアー、老舗のメルシーなど。ご年配の方にはご記憶のあるお店も……。
(写真=スタンドーバー花やかし頃の広告)

■ 01 病院全焼、未曾有の洪水
■ 02 自治体広域の釣り大会も
■ 03 ヤミ米買い漁るカツギ屋
■ 04 嫁入り費用は10万円
■ 05 4町村合併の記事散見
■ 06 合併か自立か、切迫か
■ 07 犬が集団で市街地闊歩
■ 08 1日に1人増える時代
■ 09 浅野さんが全国大会に
■ 10 悲嘆にくれる市民
■ 11 根強い公務員志向
■ 12 市議会議員定数81人
■ 13 新築市立病院が火事に
■ 14 ミス職場
■ 15 ミス女給
■ 16 制限速度30キロ
■ 17 赤ちゃん1日平均2.3人 
■ 18 無鑑札の自転車には過料
■ 19 ふたつのマーケット開店
■ 20 「だ」「べ」は使わぬように
■ 21 今度のミスコンは「ミスさくら」
■ 22 金属泥棒が横行
■ 23 テレビの広告が出現
■ 24 五目並べの国際大会?
■ 25 不良石炭混入の石炭販売