連載-05 士別市公会堂

 厳しい厳しいと叫ばれ、交付税などのマイナスが予想される中で、地方自治体ではなお公共施設の建設が進んでいる。一方では昭和30年代から50年代の高度成長期になって建設された公共施設は老朽化と狭隘化が進み、補修に過重がかかり、さらにはIT化への対応にも追われ、自治体がどこからも補助の望めない単独費の支出増が強いられつつある。それでも士別市の火葬場のように老朽化が著しくなれば、苦しい財政事情の中でも建設は必要となる。行政サービスの向上に公共施設の存在は欠かせないのである。この公共施設を検証して、将来の公共施設像の姿を探っていきたい。

01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14

定まりにくい位置づけ


=版画や北極資料の特性も= ボランティアの芽吹きに期待

 かつて士別の経済人が小樽商人と並び称されたことがあった。その商工業の象徴的な存在だった「士別市公会堂」。
 この西洋的な雰囲気を漂わせた建造物が、平成元年に市立博物館に隣接復元された。
 内部は常設、特別の展示室となっている。北方圏・北極地域の資料や郷土が生んだ昭和の左甚五郎と言われた阿部晃工の作品などが展示されている。
 また道内では札幌とここだけという日本版画協会巡回展なども行われる。
 公会堂は博物館と連結されており、同施設独自での来館者数はつかめない。両施設合わせて、「年間で6000人弱といったところでしょうか」(担当者)という。
 この種の施設は、資料を収集するとともに、一般に公開し、市民の知的好奇心を刺激していく使命を担っている。
 そこで絶えず「魅力ある施設運営」が問われることになる。
 来館者の来ない施設では、存在意義がない。では旧所名跡のような観光資源的な施設にすべきなのか。人寄せパンダのようなイベント展示が必要なのか。
 博物館も公会堂もこのような役割は担ってはいない。あくまでも社会教育施設なのである。郷土の歴史と文化を後世に伝えるのが、主たる任務である。
 教育施設という大前提の上に、常設、特別展示も巡回展も存在している。
 「もっと集客を、という声もあるが、これは貴重な文化的遺産を残し、伝える地味な仕事と両立しにくいのでは」(市教育関係者)との声があり、現行の運営方法で充分だとの意見が主流である。
 公会堂(博物館)とて、その運営を支えるのは、人力とともに財力である。士別市の現在の財政状況では、新たに大きな予算を必要とする事業を行うことが無理、というお家の事情もあるだろう。
 では市街地から4`ほど離れた現在地の立地条件はどうなのだろうか。
 市民からは「交通の便が悪く、展示会があっても足を運ぶのがおっくうだ。街場にあれば、気軽に何時でも行けるのに」との声も聞こえてくる。
 ところがである。
 本州などから来る来館者は、洋館の雰囲気をたたえる施設と、その周辺の自然の景観に感激して帰っていくという。「施設と自然がよくマッチしている」と感想も漏らしていく人もいる。
 これが市街地にあれば、周辺の建造物に囲まれた単なる古い洋館資料館になりかねない。
 便利さを優先するか、周辺の景観を配慮するか、この立地条件は兼ね合わせた場所を探すのは、士別市内とて難しい。現行の場所は、一長一短といったところだろうか。
 その博物館、運営を支えるボランティアの芽が育とうしている。
 「博物館は力仕事」と評されるほど、展示物の運搬、設置、資料の保存に人手が必要である。
 この仕事を助けてくれたり、館の仕事そのものをサポートするボランティアが育つことで、施設を身近なものにし、郷土愛も根づいていく。
 ボランティアという新しい芽吹きが、公会堂の担う役割に新たな光をあててくれるのでは、と期待されており、この育成がこの施設の将来を占う大きなカギにもなりそうである。
 (写真=士別市のイメージを象徴する代表的な施設の公会堂)