連載-06 三望台シャンツェ

 厳しい厳しいと叫ばれ、交付税などのマイナスが予想される中で、地方自治体ではなお公共施設の建設が進んでいる。一方では昭和30年代から50年代の高度成長期になって建設された公共施設は老朽化と狭隘化が進み、補修に過重がかかり、さらにはIT化への対応にも追われ、自治体がどこからも補助の望めない単独費の支出増が強いられつつある。それでも士別市の火葬場のように老朽化が著しくなれば、苦しい財政事情の中でも建設は必要となる。行政サービスの向上に公共施設の存在は欠かせないのである。この公共施設を検証して、将来の公共施設像の姿を探っていきたい。

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改修費等は10億円超す

=国内トップ選手がこの舞台で練習=

 合宿者確保で必要な施設

 古くは、札幌冬季オリンピック複合代表の中野秀樹、最近では原田雅彦、岡部孝信、葛西紀明、斉藤浩哉、荻原健司など、そうそうたるメンバーがこのジャンプ台を飛んでいる。
 三望台シャンツェの歴史は古く、1960年に当時のスキー協会会長だった故近藤岩次郎氏が、町内におけるノルディックスキー普及のためにと、私財を投じて建設したのが始まり。
 その後は、79年にサマージャンプ台に改修したのをはじめ、幾度の改修を重ねて現在の三望台シャンツェとなった。
 三ほとんどの利用が合宿者となっている三望台シャンツェ望台シャンツェは、K点60メートルのミディアムヒルと、K点40メートルのスモールヒルで構成されている。
 昭和40年代から60年代にかけては、町内のジャンプ少年団に所属する子供たちも多く、放課後になれば練習に取り組む子供たちの姿で賑わっていた。
 ところが現在、少年団に所属するメンバーは1人だけ。
 もともとは地元の選手育成を目的の1つとして設置された三望台シャンツェも、いまや道内外の社会人、大学生、高校生らの合宿の舞台として活用されている現状にある。
 国際規格の変更や、新たな施設・設備が次々と登場してくるなかにあって、「ジャンプ台を維持していくには相当の費用がかかる」と言われる。
 三望台シャンツェにしても、60年の設置から現在までに投じてきた改修費等は、総額で10億7000万円ほどになる。
 サマージャンプ台への改修後は、一気に合宿が増加し、その数は現在、夏合宿で2000人ほど、冬合宿で4000人程度が訪れている。
 最近は、全国各地に夏・冬飛べるジャンプ台が整備されてきているが、同町の場合、常連組を含めて年間の合宿者の数は延べ6000人前後で定着している。
 各地に新たな施設ができてきていると言うことは、合宿誘致でも競争の時代となってきている。
 それだけに、合宿者を確保するためには「施設・設備面で一定のレベルは維持しておかなければ」が実情のよう。
 2000人に満たない小さな町に、人口の3倍ほどの合宿者が訪れるのは、町にとっても貴重な交流人口拡大の機会である。
 「各地にジャンプ台はできてきているが、うちに来てくれる合宿者は、周囲が木々に囲まれ、落ち着いて練習できる環境が素晴らしい、と言ってくれています」と町教育委員会の担当者は言う。
 国内で最も早い全日本サマージャンプ大会を開催したり、合宿者が気兼ねなく練習できる環境づくりに配慮するなど、町としても合宿誘致に力を入れてきている。
 町民の利用機会はかなり少ないものの、合宿者を確保するためには、三望台シャンツェが同町にとって必要不可欠な施設となっているようだ。
 (写真=ほとんどの利用が合宿者となっている三望台シャンツェ)