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 旧翠月の羽衣の間にあった天井絵。「濤聲」は雅号で、本名は「藤島芳之輔」。藤島氏は、明治21年に道南の網元の家に生まれ、旧制中学卒業後に軍閥に雇われ、日露戦争後の諜報員として当時の満州、中国、朝鮮と渡り歩いていた。
 中国滞在中に南画を習得し、いつの頃からか名寄に住み表具師を開業した。その後士別に生活の場を移し、絵や表具師の仕事をしていたが、翠月建設の時に市内でお世話になっていた人の依頼を受けて羽衣の間の天井絵を描くようになった。晩年は母親を呼び寄せ暮らしていたが、昭和39年に没している。旧翠月の解体時に市立博物館が寄贈を受けたもの。