01 復刻版 道北日報紙昭和31年6月26日 【兵村の巻】 屯田発祥の地

 復刻版の「人物風土記」(県人会めぐり)に続いて、同じく復刻版の「わが町内の自慢と今後の発展計画」を連載します。
 この連載は昭和31年(1956年)6月26日から同8月22日までに12回、本紙に連載されたものです。
 記事と抱き合わせで、町内の商店街の広告を載せる方式を採用したもので、企画広告のはしりともいえるものです。
 内容は町内の発達史、活躍する人物誌、商店街の様子など多岐にわたっています。
 昭和30年代初頭はまだ商店街が発展膨張する時代であり、この頃の市民のまちづくりに対する熱意や希望が伝わってきます
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  兵村≠ニいう言葉の響きの中に古武士的なものを感ずるのはこの町内が屯田兵の発祥の地であるからだろうか。
 実際に当時の屯田兵で現存の人が4人もこの町に住んでいる。
 木村才一郎、水村清之助、久光元吉、小野寺久兵衛の諸氏がいまも折々昔の語り草に尽きない。この町の人々が自らと称している二世も沢山ある。市議の久光鷹士も二世であり選良の裡ではサムライの風格があるのもこの辺に因を発しているのかも知れぬ。
 大通り北1丁目から15丁目までこの兵村が平家の山塞(さんさい)の集落の如き印象を受けるのは筆者だけであろうか。 
 
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 南北に連なる15町、280戸の世帯を有するこの公区は士別一の大世帯で公区長の田島徳弥さんも選挙の投票券を戸毎に配りながら大汗ダクダク。
 「兵村というところはネ、純朴でして皆んなの和がとれているんです。相談してこれまでまとらなかったというような事はかつて一度もないですよ。口の悪い連中もいますが腹の中がカラッとしていますね」。
 また町内の大久保彦左、永田兼太郎氏も「チームワークが出来ているので市議の選挙など全くやりやすい」と語っている。
 いうなれば兵村は純情∞和≠フ三字に尽きるようだ

 
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 今後の発展計画について久光さんは「道路網の拡充だがグリーン・ベルト宅地計画等が立案されているのでこれらを早急に進めていきたい。消火栓を小学校の前よりさらに延長して防火に万全を期したい。町としても市とは別に北小学校の老朽校舎の改築、登記所改築等の運動を奨めて行きたい。木防工場の操業が実施されれば士別市の工場地帯として大きな役割を果たすことになろう………」